「Four-Leaf Clover」レター No.84

夏の終わりに
 
 酷暑疲れ、コロナ疲れの東京です。最近、朝夕が少し過ごしやすくなり、季節が進んでいることが肌で感じられます。
 皆様に於かれましてはお変わりなくお過ごしでしょうか?

 土日の「お家時間」が長くなり、よくテレビを見るようになりました。楽しみな番組の一つが、テレビ朝日(土曜日7時~)の『サンドウィッチマン&芦田愛菜のぶっつけ教室博士ちゃん』です。
 番組内容は、年齢7歳~12・13歳の小中学生の「博士ちゃん」が、自分の大好きな分野について、サンドウィッチマンに授業を行い、芦田愛菜ちゃんが「博士ちゃん」のプレゼンをサポートするという番組です。ニッチな領域に精通した「博士ちゃん」達の、瞳を輝かせながらの渾身のプレゼンは必見です。
 好きなものに対して、とてつもない情熱を傾ける「博士ちゃん」達が、その分野の未知なる世界を熱く解説、そこに入る芦田愛菜ちゃんの賢いサポート、学びの多い番組です。

 「博士ちゃん」は全国に沢山います。「昭和の信号機・博士ちゃん」「天然石・博士ちゃん」「野菜・博士ちゃん」「戦国ゴシップ・博士ちゃん」「調味料・博士ちゃん」「透かしブロック・博士ちゃん」「電気工事・博士ちゃん」「桃太郎・博士ちゃん」「昭和家電・博士ちゃん」「天然石・博士ちゃん」「マイナー魚・博士ちゃん」「お金・博士ちゃん」「仏像・博士ちゃん」等、等、・・。例えば、「お城・博士ちゃん」は、現在9歳の小学校4年生。全国100カ所以上のお城を巡り、お城に関連することなら何を聞いても見事に返答、アドバイスしてくれます。
 尊敬する「博士ちゃん」達に共通している魅力は、探究心旺盛で、知識が深くて広いことは勿論ですが、一番心惹かれるところは、純真、明るくて元気、言葉遣いが良いところです。兎に角、爽やかで好感度満点! 

 さて、「尊敬」を辞書で引くと「尊び敬うこと」とあります。「尊び敬う」というのは「下の者が上の者を」というニュアンスが含まれています。それを如実に表しているのが、昭和の卒業式に必ず歌われていた「仰げば尊し」です。この歌の出だしは「仰げば尊し我が師の恩」、生徒が先生から指導を頂いた恩を尊び敬う。これが、日本人の根底にある「尊敬」の考え方です。そのため、日本ではどうしても「尊敬」は上下関係になっていきます。
 「尊敬」に相当する英語は、「respect」ですが、これは「re+spect」で、接頭語の「re」には「戻って」「もう一度」「距離をおいて」の3つの意味があります。「re」は「リモートコントロール」の「re」、「距離を置いて」です。「spect」は、「watch」「look」つまり、「もう一度立ち戻って、距離を置いて、見つめ直す」というのが「spect」の本来の意味です。この中には、上下という概念がありません。
 ここで、「尊敬(リスペクト)」を次のように定義します。『人それぞれ、年齢・性別・職業・役割・趣味などの違いはあるが、人間の尊厳に関しては、違いが無いことを受け入れ、礼節をもって接する態度』。このような見方をした時に、人に対する「尊厳」は、「立場が上だから」「有名な人だから」「お金持ちだから」「頭がよいから」等は関係なく、誰もが無限大の尊厳を持つ存在であることを根底に、礼節をもって接する態度こそが、「リスペクト」なのです。
 いつも自分の側にいてくれる妻(夫)を、よき指導者である上司を、一緒に仕事に励んでいる職場の仲間を、ご支援下さるお客様を、仕事上のライバルを、我がチームを、そして自分を、もっともっと尊敬(リスペクト)しましょう。
 「リスペクト」という言葉は最近、スポーツの選手が、「私は、○○選手をリスペクトしています」と言っているのを耳にします。「尊敬しています」と言うと、仰々しく感じますが「リスペクトしてます」は自然に言えます。
 「尊敬」と「リスペクト」は、同じようで、感じるニュアンスには違いがあります。私は会話の中では「リスペクト」をよく使いますが、文章で「尊敬」という言葉を使う時は、カッコして(リスペクト)を入れるようにしています。

 P.ドラッカーは『仕事上の人間関係は、尊敬を基礎におかなければならない。これに対し、心理的支配は、根本において人をバカにしている』(マネジメント「エッセンシャル版」)と言っています。
 周りに怒ったようにものを言う人(例えば、命令口調で話す、攻撃的な話し方、不機嫌さ丸出しの言動、等)はいませんか? これらの状況は「怒り」の範囲です。私は、「怒り」が100%悪いとは思っていません。なぜなら「怒り」がモチベーションの力となる場合もあるからです。しかし、「怒り」は相手を傷つけたり、行動を制限させたり、相手の健康を害するような破壊的な作用をもたらす場合が多いので気を付けなくてはなりません。
 「怒り」には「目的」があるのです。「怒り」の目的の一つは、「自分の思い通りにしたい」という支配欲、もう一つは「主導権争いで優位に立ちたい」、更に「自分の権利が侵されそうになった時、反撃のために怒りを使う」等、です。このような経験は、誰にも多少はあると思いますが、いずれにしろ「怒り」は、上下(縦関係)の意識が根底にあります。この意識があると、尊敬・信頼ではなく、蔑視になるのです。他人への言動が不遜になったり、相手に恐怖・不信・軽蔑等をもたらす言動になってしまうのです。
 「怒り」を感じた時は、自分の「怒り」の「目的」を考える(6秒間)。そうすれば、そう簡単には「怒り」を出せなくなるのではと思います。
 
 仕事上の人間関係は、「尊敬(リスペクト)」に基礎をおかなければなりません。相互尊敬・相互信頼―――これが、コロナ禍の人間関係のモデルになると私は考えています。 まず、周りの皆に自分から「挨拶」をしましょう。“挨拶は世界に共通する相手に対する最高の敬意表現”ですね。

 昨夜、寝室の電気を消したら、どこからか「リーリー」と、一匹の綺麗な虫の音が聞こえてきました。暫し癒やされていました。

             
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植田亜津子

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