レターNo.132「啐啄同時(そったくどうじ)」(2024年5月1日)

 風薫る5月、太陽に照らされ若葉がキラキラ輝いている、気持ちのよい季節です。新人研修を担当なさったインストラクターの皆様、お疲れさまでした。
 インストラクターの役得は、新人が成長していくプロセスを見ることができることです。丁度木の芽がグングン青葉に変化していく姿と同じです。そこには漸進のパワーが漲っていて、こちらまで元気になります。職場の諸先輩(コーチ)は、その成長の芽を摘まないように育てていかねばなりません。

 時代は変わっても、世の中には、指導する人と、指導を受ける人との関係があります。その関係は、例えば、親と子に始まり、教師と生徒、コーチと選手、上司と部下、先輩と後輩、メンターとメンティ、また職人や「〇〇道」の世界では、師匠と弟子等です。
 このように、指導する側(ここではコーチと言います)、学ぶ側(ここではクライアントと言います)がある場面で、よく引き合いに出される言葉に「啐啄同時(そったくどうじ)(“啐啄の機”とも言います)」という禅語があります。
 「啐啄同時」とは文字通り、鳥の雛が卵から産まれ出ようと、卵の内側から殻をつついて音を立てた時、それを聞きつけた親鳥が、すかさず外から殻をついばんで卵の殻を破る手助けをすることを意味します。このように、絶妙なタイミングで師弟の呼吸がぴったりと合い、悟りの境地へ導く、これが「啐」と「啄」の関係です。
 「啐」と「啄」のタイミングは、クライアントとコーチの間に信頼関係が築かれていてこそ成り立つものです。もしも親鳥が、雛が未だ育たない前に外から殻を破ってしまったら、その後、雛は無事に成長できるでしょうか。もしかしたら、時期尚早とばかりに、過酷な運命が待っているかもしれません。かと言って、親鳥がいつまでも、殻を突くことをしなければ、自分の力で殻を破ることのできない雛は、外には出られません。下手をしたら、そのまま殻の中で力尽きてしまうかもしれません。それはとても残念なことです。

 以前大工の棟梁から、「曲がった木は曲がった木として輝く場所があり、真っ直ぐな木は真っ直ぐな木として輝く場所がある。曲がった木を真っ直ぐにしようとせず、真っ直ぐな木を曲げようとせず、木を見て木を活かす。それが大工の腕。だから、日本家屋は其れ其れ特徴があって、魅力的なんだよ。ハウスメーカーの家は別だけどね・・」といった話しを聴き、妙に納得したことを思い出しました。「匠」と「木」の関係は正に、コーチとクライアントの関係そのものです。
 優れたコーチとは、どのようなクライアントであっても、それぞれに応じた正しい道(方向性)を示すことのできる人です。
 ドイツの教育学者J・F・ヘルバルトは、このような双方向的な関係性に必要な概念として「教育学的心術=タクト」、つまりコーチからクライアントへのコミュニケーション(応答)の大切さを唱えました。研修では「アクティブ・ラーニング」や「主体的・対話的による深い学び」、最近では「1on1ミーティング」等と、クライアントの自主性を大切にする教育法としています。改めて“Active Learning”と横文字に置き換えると、指導の救世主のスキルのように響きますから不思議ですが、別に新しいことではなく、「不易」として古来から大切にされてきた事実です。
 
 日本社会は未だ職責の違いを、上下関係と見る人が多いと思います。確かに新人や若い人は、先輩や上司からみれば知識も経験も十分ではないかもしれません。だからと言って若い人が人間として劣っているわけではありません。先に働き始めた人は知識も経験もあり、とらなくてはならない責任の幅も重さも違いますから、上司と部下は対等ではありません。しかし、対等では無いけれど、人として対等なのです。
 現代のような共生社会では、教え、教えられる者同士(コーチとクライアント)の関係性はフラットで、互いが響同・協同(共働)し合った時に、新しい何かが生み出されます。コーチは、クライアントに必要な、技術・知識・情報は提供しますが、最も大切なことは、クライアントが、後一歩で殻を破ることができるタイミングを見逃さないことです。
 OJTに置き換えてみれば、部下や後輩にどこでどのような成長のきっかけを与えるか、その絶妙なタイミングを間違わない、逃さないことです。そのためには、コーチは、クライアントの伴走者として、クライアントの状態をしっかり観ていなければ、働きかける方法やタイミング(応答)を誤ってしまいます。コーチは、クライアントの目標を共有し、日頃からよく対話をし、クライアントの思いや、考えを知り、音なき「啐」を感じ取る知覚が必要です。一方で、クライアントも、独りよがりにならず、コーチの考えやアドバイスを聴くだけでなく、自分の考え・思いをはっきり伝え、サポートが必要な時は、きちんと手助けを求めることができることが大切です。

 フィギュアスケートの選手が、リンクを滑り出していく前に、コーチと最後の言葉を交わす場面はテレビでよく見かける光景です。何を言っているのかは分かりませんが、選手にとって最も心強い言葉をかけているのでしょう。言葉以外にも、手を握ったり、肩を軽くたたいたり、背中を押したりもしています。選手とコーチが、強い信頼関係で結ばれ、共に一体となって試合に臨んでいることが伝わってきます。
 4月に入社(職)した新人も、そろそろ自身で自発的な成長を促す時が来ているかもしれません。指導担当者はそのタイミングを逃さず、背中を押しましょう。

 新聞で、素敵な言葉を見つけました。
    この瞬間が、あなたの節目になるように、
    この時から、あなた自身を肯定できるように、
    このトキメキが、明日もあなたを輝かせるように、
    この時間が、人生の分岐点に出会ったと感じられるように。

 コーチ(先輩)とクライアント(後輩)とが、継続的に対話をすることにより、お互いの成長の機を逃さないようにしましょう。

LOVE
植田亜津子

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