レター No.44「戦いの哲学」(2017年11月1日)

 プロボクシングの村田諒太選手が、10月22日の世界ボクシング協会(WBA)ミドル級タイトルマッチで見事TKO勝ち、新王者となりました。素直に感動しました。

 皆さんもご存じの通り、村田選手は、2017年5月20日に東京・有明コロシアムで、WBA世界ミドル級王座決定戦で、アッサン・エンダム選手と対戦しました。オリンピックの日本人金メダリストとして初めて、世界王座ランキング1位の強豪を最後まで追い詰めながらも、“衝撃(疑惑)の判定負け”となりました。この戦いを認定したWBAは異例の再戦(2ヶ月後)を命じ、ジャッジが処分される等、世界に波紋が拡がりました。世界でも強豪がひしめき、最も層が厚いと言われる階級で、初めてアマチュア・プロの両方を制する事になる再戦には、大きな注目が集まっていました。
 その日は、夜からずっと選挙速報番組で持ちきりでしたが、格闘技を全く知らない(興味がない)私でも、村田選手を応援しました。

 告白いたしますが、オリンピックで金メダリストになった時の村田選手のインタビューの時から、私は村田選手に惹かれていました。勿論私だけではないでしょうが・・・。
 彼の魅力は、ボクサーとしての実力だけでなく、人間性や生き方が伝わる彼の「言葉」の数々や行動にあります。後で知ったことですが、彼は「戦う哲学者」と言われています。

 彼が、「戦う哲学者」「語れるボクサー」と言われるのには、アマチュア時代からの趣味の読書にあるようです。彼のお父様も素晴らしく、プロボクサーとしてナイーブになっている村田選手に言葉をかける代わりに、哲学書や心理学の本を贈ったそうです。プロとして戦う“重圧”“恐怖”に打ち勝つために、心理学・哲学書から救いになる言葉を探し胸に刻んでいったのだと思います。彼がそこから気付かされたのは、過去にとらわれ、恐怖に支配されていた自分の姿だったそうです。

 10月22日、新チャンピオンになった時、試合直後のリンクの上で、テレビ局・アナウンサーの「村田選手が泣いているのを初めてみました」という言葉に、村田選手は「泣いてません。大貫さんが幻覚をみたんです」と言って会場を沸かせました。とかく通り一遍の応えになりがちのインタビューの場で、アナウンサーの名前を口にするなど、村田選手の人間性と軽妙なトークができる頭のよさ、「言語の力」に驚嘆しました。
 また、一番沁みた彼の言葉は、高校時代の恩師の教えを語った時のものです。「高校の先生が言っていたことですが、『ボクシングで試合に勝つってことは相手を踏みにじってその上に自分が立つということだ。だから、勝つ人間には責任が伴うんだ』。だから、彼(対戦相手)の分もこれからも戦いたいと思います。」
 涙が出て来ました。恩師の教えを真剣に受け止め、強くなるということの責務と向き合いながらトレーニングを続けてきたのでしょう。
 軽くない!本当に言葉は魂です。彼の素晴らしい人間性が現れていました。

 彼は「ボクシングの試合はオープニングとエンディングが隣り合わせ」と言います。確かにその位、明暗がしっかり分かれる競技であると思います。だからこそ、一つの舞台にかける姿勢や練習量は尋常ではない、しかも、殴り殴られるという恐怖と戦う中で、メンタル面も強くなくてはなりません。様々な局面に真剣に向かい合うからこそ、そこに哲学や真理が生まれてくるのでしょう。
スポーツに限らず、大舞台に挑む危機意識や、重圧を乗り越えようと必死にもがくことは、勝ち負けには関係ない大きな何かを得られることになるのでしょう。村田選手からスポーツを超えた人生、人の生き方、あるべき姿を教えられた感じがします。

 数々のスーパースターを手がけてきたプロモーターである、ボブ・アラムさんが、村田選手に伝えた言葉があります。
「過去偉大なファイターでも、ある時には負けているんだ、モハメド・アリでさえ負けた事はある。しかし、再戦して負けることは死刑宣告ではない。大切なのは、“全力で戦っているか”“大きなハートを持っているか”だ。人々が見たいのは、ボクサーが最高の準備をしてリングで100%、いや150%を出す姿だ。それが、ボクサーの生き様なんだ。」
 
 リングの上の村田選手を勿論応援し続けますが、村田選手のこれからの生き方、全部に益々、目が離せなくなりました。

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植田亜津子

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